凶器アリの大乱闘。

それは晩御飯を食べ終えた僕が、パソコンやファミコン等の置いている通称「遊び部屋」に入り何気なく灯りをつけたときのこと。毎日のように僕自身の手が触れているキーボードの方にふと目を遣るとそこにはしばらくご無沙汰していたあの黒い物体が図々しく陣取っていたのです。
出た。
ここでこの不気味な黒い光沢に気圧されるわけにはいかない、と僕は平静を装いながら隣の部屋に行き新聞紙とキンチョールを装備。そう、一対一のタイマンとは言え、余りの強敵の登場にさすがの僕も凶器を持って抵抗せざるをえないほどの危機的状況だと瞬時に悟ったのです。気持ちを奮い立たせて、どことなくいつもの部屋とは思えないような違和感が充満したその部屋に立ち入ると、ヤツは己の存在を僕に気づかれたことを悟ったのか忽然と姿を消しておりました。しかしここは密室、アリ一匹も見逃さない高感度レーダーのような厳しい僕の目をすり抜けて部屋を脱出することは不可能。すなわち彼は自分の平らな身体的特徴を生かしてどこかの隙間に入り込み僕が諦めるのを待っているに違いないと推察されます。僕は怪しい物陰にキンチョールを吹きかけ、ヤツが耐え切れずに外に出てくるのを待ちました。
物音一つ無い緊張の時間が流れます。彼らは進化の過程で外敵から身を守る術としてほとんど音を出さずに移動する移動方法を習得したのであろうが、今宵の僕はそのような数億年の時間すら超越するくらいの鋭敏な聴覚を両の耳に携え、ただひたすらそのときを待ちました。

……

それは一瞬の出来事でした。毒ガス攻撃に我慢できなくなった彼はそれまでの自分の居場所を放棄し新たな物影へと移動したのです。その瞬間を見逃す&聴き逃す僕ではありません。まるで右手でハイハットを刻んでいるときに突然右のクラッシュをシンバルを叩くときのような凄まじいスピードで右手を振りかざし、もし右手にリンゴを握っていたのなら間違いなくりんご果汁100%のジュースが大量に取れたと思われるくらいの握力を発揮してキンチョールの噴射バルブのボタンを親指で強く、強く押さえつけたのです。既に弱りかけていた彼は何とか目的地に辿り着いたものの強烈なピンポイント攻撃をくらい瀕死の状態になっていることは明白でありました。勝った。僕はそう思いました。後はヤツが弱りながら出てきたところをこの硬く丸めた新聞紙で思い切り止めを刺してやるだけだと。
ところが、彼はその場所から出てきませんでした。おそらくその場で絶命してしまったのでしょう。その場所は重い重い本棚の裏であり、彼の脱け殻を白日の元に晒すことは困難なのです。死体を確認するまで安心できない。
僕は、バーボンがベジータに止めを刺さなかったことの愚かさを文字通り体感したのです。