アホな「自己責任論」が巻き起こらぬ理由。

イラクの人質事件。情報収集に関しては予想以上に健闘したと思います。アレ以上期待するのは無理です。そして前回よりは目立たなくなったものの統治権力側からまたしても「迷惑」的発言が出たことに関しては前回同様「じゃあ野に下れ」としか言いようが無いんですが、今回は世論の反応が予想外に少なかった。
今回の被害者はこれまで人質となった人たちと比べて明らかに「自業自得」的な感が否めないにもかかわらず世論からの批判が少ないのはなぜだろうか少しだけ考えてみます。無論のコトながら、「民度が向上したから」という可能性は予め排除しておきます。
第一に、人質事件はこれでもう三回目であり、さらにこのところの地震報道に関心が向いていたがためにショック度が小さかったという理由が考えられる。単に自分の感情の向けどころを探しているだけという、最近のマスコミ世論の流行である。従って、その対象が自然災害だろうが政治家の金銭問題だろうが大企業の倫理腐敗だろうが彼らにとってはあまり関係ない。それどころか後ろ二つに関しては、それが実際に起こることにある種の喜び若しくは安心感を得ているようなフシさえある。政治や大企業という、庶民から少し遠いところにいる存在の人間達が悪事を働くことで、自分達が善良な市民であることの証明を得ることが出来ると感じる。自分達はコツコツ頑張っているのに世の中が変わらないのは上のほうで悪事を働く人たちがいるからだ、自分達のせいじゃないんだ、我々はかわいそうな被害者なんだという思考。義を重んじたがために虚しく死ぬ映画の主人公のような像を自分達に重ね合わせ、主人公が対峙する「悪」を感情的に非難する短絡さが背景には見え隠れする。話が少々脱線した。
さらに、人質となった人たちの入国目的の違いにも理由がありそうだ。つまりこれまでの人質事件では平和活動やジャーナリストとしての活動をしていた人間が捕まったが、今回はただの「旅」だった。この間にあるものは何か。それは一言で表すならば「偽善者ぶりやがって」的なあまりにも低レベルすぎる感情である。平和活動やジャーナリズムという、真剣に戦争に対して何かをしようとしている人たちを見るとイライラするのである。それは、自衛隊派遣を含め、自分達が今回の戦争関連の政治的動きをほとんど止めることが出来なかったという事実に由来する。いや、「止めることが出来なかった」というよりもむしろ「止めようとする前に諦めていた」という方が正しい。実際、先進国の中では日本の反戦デモはダントツ一番で小規模であった。何かこの戦争への流れにモヤモヤしたものを感じながらも、その感情の出所を自ら探り思考を深める前に、「諦め」の感情でこれに蓋をして来たのである。そもそも戦争時に人質となりそうな人種としては、NGOメンバーやジャーナリストというのは最も可能性の高いものであり、なんらその行動に非を問われるようなところはない。このようなリスクを背負った上で自衛隊派遣を容認(黙認)した"ハズ"であるにも関わらずバッシングなどという反応が巻き起こるのは、まさしくそういった土壌が育まれていない日本故の現象と言える。
あまりにも低レベルといえば記者クラブに棲む大手マスコミの記者たちもである。「一つ間違えば自分達も同じ立場になったかもしれない」との念を抱くことが出来る外国人記者達は人質達を「生還おめでとう」と拍手も交えながら温かく迎え、この念を抱くことが出来ない日本人記者達はほとんど非難めいた口調で問い詰める。もちろんこれは既にその頃形成されていた人質バッシング世論を迎合したものである。局の命令とはいえ自分達はさっさと危険地帯から逃れ、自局のニュースで流れる映像や音声を一部の勇敢で使命感に満ちたフリージャーナリスト達に依存しておきながらのこの者どものこの行動の卑劣さたるや筆舌に尽くし難い。また脱線した。
翻って今回の人質事件では、旅をしていた人間が武装勢力に捕まったという「哀れさ」ゆえに非難が巻き起こらなかった。ここまで自分達と重ねあわし得る要素が存在して初めて同情の念が形成された。
よく言われる「人質家族が自衛隊撤退を訴えたから」という理由以外に考えられるバッシング理由は以上のようなものではなかろうか。ただしこれは世論からのバッシングに関してであって、政府の人間が人質を非難したことに関してはこの限りではない。これなどはもはや論外に近い。奇行と言ってもいい。それが公人であろうが犯罪者であろうが、外国で命の危険に晒されている邦人を救出するのは政府の役目である。「役人達の迷惑を考えろ」という首相の発言は、彼が民主主義国家というものに対してなにか甚だしい勘違いをしている証である。その論理を以ってすれば、大雪警報の出ている日に出勤したサラリーマンが転倒して大怪我をしても、「まぜるな危険」と警告のある洗剤を混ぜてしまった主婦が塩素を吸い込んでも、「自己責任だから助けない」と救助を放棄する理由を与え得る。恐ろしすぎる。



<2004.11.21 加筆修正>