遺伝子の川 (サイエンス・マスターズ)作者: リチャード・ドーキンス,Richard Dawkins,垂水雄二出版社/メーカー: 草思社発売日: 1995/11/01メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 14回この商品を含むブログ (18件) を見る

リチャード・ドーキンスは、言わずと知れた著書『利己的な遺伝子』などが世界的ベストセラーとなった、世界で最も有名な生物学者の一人である。本著では、遺伝が4つの塩基の配列を基にした極めてデジタルな機構であるという生物学的事実、ダーウィンの唱えた自然淘汰説、そして突然変異という、この三つの学説「のみ」を手がかりとして論理の限りを尽くした考察が繰り広げられている。それらは、予め知られているものに強烈な根拠を与えるものであったり、彼独特の言い回しを使った新たな視点の発見であったりする。
その展開と結論については読んでのお楽しみということで、それには詳しくは触れずに特に僕の興味をひいた部分の流れを紹介する。
彼がしきりに強調するのは、遺伝がデジタルな機構であることの驚愕すべき意義である。この事実が「自然=アナログ」という皆が知らずに持っていた価値観に大きな衝撃を与えたことは周知の通りだが、ドーキンスは、それがデジタルであるが故に、アナログ形式であれば得られなかった自己複製の完全性が、気が遠くなるほどの世代を経て今の全生物を生んだ最大の勝因であるとし、この流れを「遺伝子の川」と名づける。川はいつしか分流し、種々の要因によって合流不可能になる。見事な比喩であると言える。
第三章では、遺伝子の川のなかで進化を繰り返してきた結果である今の生物達が余りにも見事に自然に適応している為に、我々がついその適応を完璧なものと捉えてしまう罠に陥りやすいと警鐘を鳴らす。特に擬態という適応は、一見すれば全か無かの適応であるように見えるが、そこには幾つもの漸進的な進化がありうる、という考察の根拠をこれでもかとぶつけてくる。そしてこれらは全てDNAの生存を効用関数(最大化されるもの)としてきた流れの産物であるという第四章での議論に続く。進化・適応過程における効用関数が、個体数の増加でも全個体の幸福の総和でもないというこの展開は、前述の著書『利己的な遺伝子』を受け継いだものであるといえる。
第五章ではドーキンスは今までよりもさらにマクロな目でこの流れを見ることに挑戦する。惑星が生まれてからの自己複製の繰り返しによる情報の爆発的増加を「自己複製爆弾」と呼び、この爆発をさらに10個の爆発に分けてそれぞれの臨界点について説明する。この視点が読者に与える印象は鮮烈で、まさしくドーキンスの真骨頂であるといえる。
とにかく、ドーキンスの著書は面白い。その理由はおそらくまさに川が流れるが如く自然に展開される「机上の」論理によるところが大きい。生物の微細な性質を紹介するに留まるのではなく、そこから何がいえるのか、という点について広大に繰り広げられる彼の論理は見るものを魅了する。さらに別の著作を読む機会の来るのが待ち遠しい。