第三の道―効率と公正の新たな同盟作者: アンソニーギデンズ,Anthony Giddens,佐和隆光出版社/メーカー: 日本経済新聞社発売日: 1999/10メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 33回この商品を含むブログ (34件) を見る

第三の道とは、イギリスのブレア政権が掲げる中道左派政治理念であり、本著はブレアに多大な影響を与えたといわれる社会学アンソニー・ギデンズによる第三の道解説書である。第三の道に関する記述もさることながら、そこに至る歴史的背景や現状についての分析も、非常に有用な教科書にもなり得るといえる。
ギデンズは、旧式の社会民主主義が前提としていた二極対立の構図が消え去り、しかも一時台頭したかに見えた新自由主義も、内在する保守主義が生み出す反多文化主義と自由市場理念とが矛盾を生み出しつつある今、この新しい世界に適応させた形での「刷新された社会民主主義」としての第三の道を説く。
グローバリゼーションの進行に対して、ギデンズは現行の政府をも含めた大規模なレイヤー構造を打ち出し、そのレイヤーごとに統治の主体を移すべきだと主張する。国をも超えた大きな統治機構(グローバルガバナンス)を設置しつつ下位の市民団体や自治体へも権力を拡散するべきだというのである。これによって、価値観の多様化や環境問題などの浮上において限界が見え出した市場原理主義の幻想を打ち破り、各レイヤーにおける統治機構からの文脈に応じた統制のもとで自由な市場を保障することが可能になるという。特に環境問題に関しては、科学者達だけが知識を溜め込むのではなく、必要に応じて政策決定の過程にも加わりしかもその根拠を市民に分かりやすく提示するという、かつての左右両派が成しえなかった科学技術をも圏内にとりこんだ「環境配慮型の近代」を提唱している。
第三の道は平等主義的な視点は決して疎かにしない。ここでギデンズは平等を「包含」、不平等を「排除」と定義する。完全な能力主義社会においては下方の被排除者の間で大きな怨念が蓄積され社会的結束を損なわせる一方、上方の被排除者たちは世襲に伴って本来の能力主義とは矛盾する形でその特権を維持しようとする、として新たな包含的社会の実現の必要性を説く。
そのなかで特に重要なのがポジティブ・ウェルフェアという視点である。個人の自主的な行動を共同体が担保しなければならない。ギデンズが強調するように「権利には必ず責任が伴う」のであり、この責任を負うリスクを共同管理する福祉のあり方こそが、社会全体の利益を増大させるという考え方である。ポジティブ・ウェルフェアを実現させる社会投資とは、モラルハザードを生み出し易い単なる生計費の直接支給ではなく、人的資本へ向けた最大限の投資であるという。ギデンズは、年金を例に挙げてその論理を展開する。
ギデンズはこれから求められる国民国家とはコスモポリタン国家という形態であり、コスモポリタン国家が多様化した価値観や多文化主義を容認することで、個人的アイデンティティーを育み国民的アイデンティティーが形作られるという。
ギデンズの議論は、ネオリベの子犬とも言える首相の下で急速に共同体主義化・保守化の進む日本において実に耳の痛い話だ。同じ世界に、同じ道を歩んできた先輩がいるのだからこれから何も学ぼうとしないのは愚の骨頂である。新保守の化け物と化したアメリカという超大国のカラクリを認識して、今の道を歩んだ先に待ち受ける危険を予期した上で、現実的路線を歩みながらも将来のフリーハンドを増やす努力をしなければならない。その際に多くを教えてくれる本だと思う。
尚、ギデンズはさらにこの続きとして『第三の道とその批判』という本も著しているので、これも近いうちに読みたいと思う。