レスター・ブラウン エコ・エコノミー作者: レスターブラウン,Lester R. Brown,福岡克也,北濃秋子出版社/メーカー: 家の光協会発売日: 2002/04メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含むブログ (6件) を見る

エコ・エコノミーとは、一言で言えば生態学的視点を最大限考慮に入れた経済秩序である。とかく対立しがちだった生態学と経済学とが、地球生態系の従属物としての市場という観点の下で互いの思考を統合すべきだと著者は主張する。具体的にはそれは、資源の維持可能収量や環境負荷、環境のサービス機能といった生態学的な真実を、課税などという形で価格に反映させることを意味する。
まず著者は、地球温暖化、海面上昇、水不足、地下水位低下、漁場崩壊、森林減少、土壌浸食、生物大量絶滅といった地球環境問題について詳細かつ具体的なデータを列挙しながらその深刻さを解説し、一刻も早いエコ・エコノミーへの転回の必要性を説く。特に著者は、今以って殆ど一般市民に知られていない地下水位低下や漁場崩壊が依然として続いた場合必然的に発生する破滅的なシナリオを提示する。
次に著者は、この状況からのエコ・エコノミーへの変革は、農業革命や産業革命と規模を同じくする「環境革命」であると位置づけ、環境革命後、エコ・エコノミーのもとで世界がどのように動くのかについての膨大な思考の蓄積を披露する。それは産業、雇用、エネルギー、マテリアル、食糧、森林、水、人口と多岐にわたり、特に人類の健康にまで思索を巡らしている件はじつに興味深い。具体的には、例えばここでは著者は自動車社会のもとでの交通渋滞のもたらすフラストレーション、運動不足、時間・エネルギーの浪費を持ち出して、自転車と電車を軸とした、都市における新しいモビリティーを提案する。ここには地下鉄網の充実、駐輪場の整備そして自動車利用の課税による抑制といった政策が必要不可欠なものとして挙げられている。
また、人口問題にも触れ、人口の定常化が必然であるとしてもそれは多産多死ではなく少産少死によって実現されるべきで、そのために今アフリカで猛威を振るっているHIVへの対策、家族計画についての教育向上などが重要であると述べている。
20世紀に人類が環境を消費しながら獲得した大きな智慧の1つであり、ある意味で20世紀を支配した市場原理を効果的に用いて環境革命を推し進めようとするところに、著者の巧妙さが見える。そして更に言えばその真髄は、環境への配慮を価格に反映させることのもう1つ利点として挙げられている以下の視点である。

財政政策を用いて間接的な環境コストを価格に反映させることの利点は、あらゆるレベルの経済意思決定―政治指導者と企業経営者から、さらには消費者まで―が市場によって導かれることにある。市場は経済全体に影響を及ぼす。もし市場システムが生態学的真実を正しく反映しているなら、個人的意思決定者が環境的に責任ある決定を行うのに最小限の情報でしか必要でなくなる。

ここに見られるのは、著者の極めて現実的な視点である。即ち、往々にして理想主義的になりがちな環境リテラシーの推進可能性を過大評価せず、出来るだけ現実的且つ効率的にエコ・エコノミーを実現しようとする意図が読み取れる。(もちろん著者は環境リテラシーの重要性についても言及しており、世代の経過を要する学校教育よりもむしろマスコミによる情報提供に重点を置いているところがやはり現実的だと言える。)
環境学は比較的新しい学問であるにも拘らず、我々を取り巻く状況はその学問的蓄積を待つ余裕のないことを示している。故に非常に多くの示唆に富む本書は、これからの世界を構築する際に非常に有用な教科書となるであろう。少しでも環境に興味があれば読んで欲しいし、それによって得た知恵と知識を以って環境に興味を持っていない人たちに語りかけて欲しい。